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 「トンマッコルへようこそ」
2006年10月30日 (月) | 編集 |
「トンマッコルへようこそ」を観てきましたよ〜

ひとり、空から落ちてきた。
ふたり、森からやってきた。
3人、山を越えて来た。

山奥深くにある“子供のように純粋な”という意味の小さな村、トンマッコル。ある日、トンマッコルに6人のお客さんがやってきた。まるで何かに導かれるように。朝鮮戦争真っ只中、敵対する韓国軍と人民軍の彼らは銃や手榴弾を構えあう。そんな一触即発な状況にもかかわらず、村人たちには何のことかさっぱり理解できない。トンマッコルの人々にとって戦争は無縁、と言うより“戦争”そのものを知らないのだ。
――6人は村人たちと生活を共にし、平和な日々を過ごしていた。そんなある日、村に危険が迫る。トンマッコルと6人の運命は・・・

800万人が笑って泣いた、感動のエンタテインメント
韓国で動員数800万人を記録し、国民の6人に1人が観た計算になるという脅威の数字を叩き出した「トンマッコルへようこそ」、スゴイ!
映像もさることながら、この作品の雰囲気作りに欠かせない音楽、この独特の幻想的な聞き覚えのある音楽は宮崎アニメなどでお馴染みの久石譲が担当している。
恋愛物で泣ける感動作は数あれど「トンマッコルへようこそ(WELCOME TO DONGMAKGOL)」は、それとは違ったテイストの泣ける感動作。まるで童話やおとぎ話、ファンタジーといった、笑えて、泣けて、時には考えさせられる、なんとも心温まるお話。「トンマッコルへようこそ」のベースには“戦争”というテーマがある。お客である彼らが敵対する理由、それは“戦争”に他ならない。そのしがらみに絡まれ、いがみ合う彼ら。戦争が彼らを、そうさせてしまったのだ。しかし、村で生活し、村人たちの純粋さに触れることで、そのしがらみは徐々に解け、本来あるべき人間性が浮きぼられて行く。
村の少女ヨイル。彼女は“頭の弱い子”と言われている。確かにそんな風に見えるが、ヨイルはただ純粋なだけなのだ。彼女のやることなすこと、それはとても可愛く見える。彼女の持つ“ハンカチ”、指にはめた物を「指輪」と言ってみたり、あの“デカブツ”を「眠っているから」と言ってみたり、喋り方や表情などヨイルの純粋な無邪気さにヤラレました。人は良くも悪くも色んなことを覚え、成長し、大人へとなる。大人になること、それは純粋さを代償にしているのかもしれない。純粋だった子供の頃、あの頃の純粋さは何処でナクシタのだろう?もしかしたら忘れてしまっているだけなのかもしれない。
イノシシ登場。スローで展開されるこの場面、めっちゃグリーンバック丸出しぢゃん・・・なんなのさ、この安っぽさは!ところがどっこい、安っぽい割りになかなか味のあるシーンなんですよねぇ〜。なんたって“初めての共同作業”ですもの。安っぽさに加え、それをスローで見せることにより危機的状況が、なぜか面白く見えてしまうところがタマラナイ。
6人と村人たちの噛み合わなさが面白くて、少しずつ心を開いていく6人が描かれていて、ほのぼのしていて笑いがあってと、前半はコミカルなテイストになっているが、後半はガラリとその質感を変える。
「うっそ・・・!」予想外の“ある出来事”には驚いた。緊迫した場面、6人の男たち。信頼と友情、そして守るべき者。前半とは違った感じの映像も良く出来ている。見所は何と言っても“6人のとった行動”でしょう。最初の頃の敵対心は何処にもなく、そこにあるのは絆。
命を賭けて守る・・・カッコいいよ、良すぎるよ、アンタたち。

光を見つめる村人たち。
戦争を知らない村人たち。
そぅ、その光が何なのかさえも・・・

命を賭けるべく村を出た6人。しかし、戦争を知らない村人にとって6人は「ただ村を出て行った」にすぎないのだ。切ないですね・・・

笑顔が一番つよいのです。

ヨイル、そして村人たちとトンマッコルには笑顔が絶えない。
ラストの“無数の雨”が降るシーンで見せる彼らの笑顔がまさにそれを物語っている。

「トンマッコルへようこそ」オフィシャルサイトはこちら

 「トンマッコルへようこそ」オリジナル・サウンドトラック トンマッコルへようこそ

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