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 「レディ・イン・ザ・ウォーター」
2006年10月03日 (火) | 編集 |
「レディ・イン・ザ・ウォーター」を観てきましたよ〜

「レディ・イン・ザ・ウォーター(LADY IN THE WATER)」はシャラマンがふたりの幼い娘のために即興で創ったおとぎ話が原点となっている。シャラマンは娘たちが寝る前に思いつきでおとぎ話を毎晩聞かせ、それがどんどん膨らんだんだとか。

M.ナイト・シャラマンどーしちまったんだっ!これが観終わっての感想。
「レディ・イン・ザ・ウォーター」は元々ストーリー的に映画化をあきらめるか、シナリオを書き換えるかといった選択を迫られた程、内容を叩かれた物だった。評論家などにも「あいつにシナリオの書き方を教えてやれ」などと散々叩かれたシャラマン。そんな裏話もありつつ完成した「レディ・イン・ザ・ウォーター」ナーフ(水の精)を助ける、記号論者(シンボリスト)・守護者(ガーディアン)・職人(ギルド)・治癒者(ヒーラー)・証人(ウィットネス)などの役割の人物が登場する。これだけ聞くとまるでファンタジーやRPGのような感じさえするけど、コーブ・アパートに住む住人達の現代が舞台のワンロケーションファンタジーといった作品。

今までの作品と違い、結末にどんでん返しがない事をシャラマンが公言していたのは知っていた。そして、評論家などに「シャラマン出すぎだろ!」と叩かれていることも。これを知らずして観た人は、どんでん返しはないの?と結末に不満を抱くかもしれない。そして、今までの作品のように“シャラマンを探せ!”のようなチョットした出演ではなく今回シャラマンはガッツリ出ている。ってか、もはや助演バリの露出・・・確かに出すぎかと。それはさておき、それよりも問題は内容である。東洋のおとぎ話になぞらえて物語は進むけれど、強引な気がしてならない。役割を持った人物がコーブ・アパートに住む住人で成り立ってしまうことや、誰一人疑いを持たず“信じる”住人達。水の精の予言や住人の役割が薄くぼやけてしまっている。など、ツッコミどころが沢山あって、全体的に薄っぺらになってしまい、おとぎ話に成り切れていない。シャラマン=どんでん返し、じゃなくてもいいけれどファンタジーならファンタジーらしく、もうちょいそれらしくしてほしかったかな。叩かれてもくじけるな!がんばれM.ナイト・シャラマン!

「レディ・イン・ザ・ウォーター」オフィシャルサイトはこちら

 レディ・イン・ザ・ウォーター 眠れないベッドタイム・ストーリー 映画「レディ・イン・ザ・ウォーター」オリジナル・サウンドトラック

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