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2006年11月15日 (水) | 編集 |
「サッド・ムービー」を観てきましたよ〜
愛はどうして終わる瞬間に
一番輝くんだろう。
これは、あなたに少し似た、“さよなら”の物語たち―。
本作の主人公は皆、“別れ”を通して新しい自分を見つけ、今まで気付くことのできなかった想いを知る。
それはちょっとした勇気や、昨日まで気付かなかった本当の気持ちや、絶えることのない愛。
失う時に初めて気付いた気持ちは、やがて宝物となって心の中に残るから、辛いけど、温かい。
『Sad Movie <サッド・ムービー>』は、「悲しい映画」と言う直訳の意味を超え、“別れ”の向こう側にある温もりまでをも表現している。
そして、“別れ”を描くことで逆に、人と触れ合う大切さや人を愛する意味を教えてくれる、心に触れる感動作となっているのだ。。
“あいしてる”の数だけ“さよなら”がある――。
ある晴れた夏の日。
いつものように慌しく動き出す街の中で、私たちに似た8人の“別れ”への物語が始まる。
恋に不器用な消防士ジヌは、プロポーズを待ち望む恋人スジョンの気持ちに気付きながらも、なかなかその一言が言い出せず、彼女の気持ちは限界に近づいていた。
ゴールの見えない恋に終止符を打たれたハソクは、彼女の気持ちを取り戻せると信じて‘別れさせ屋’という奇妙な仕事を始める。
忙しすぎる母親に反発して困らせてばかりいた小学生のフィチャンは、ある日、母親が重病にかかっているという事実を知ってしまう。
初めて恋に落ちた耳の聞こえない少女スウンは、告白する勇気が出せないままに大好きな彼がフランスに留学するという噂を聞きつけてしまう…。
突然降り出した夕立を同じように受けながら、悲しみの予感にあらがうように、彼らは大切な人のため、それぞれの道を走り出す――。
人が人生の中で遭遇するさまざまな別れ。
その中で最も悲しく美しい別れを描いた映画
――『Sad Movie<サッド・ムービー>』。
主人公は8人の男女。
優しい言葉で別れる彼らの物語がいまはじまる。
8人の男女による4つの悲しい別れの物語。オムニバススタイルのように独立した物ではなく、人間関係につながりがあったり、同じ時間軸で4つの物語りは同時進行するといったスタイルで描かれている。
恋に不器用な消防士と、
プロポーズを待ち望む手話通訳アナウンサーの物語。
幸せと不安が隣り合わせの恋……。
愛をうまく伝えられない二人――。
ジヌの手話、そして手話の解釈は間違いだらけで笑わせてくれますね。ジヌは消防士、それは危険といつも隣り合わせ。スジョンは彼のことが心配で消防士をやめて欲しいと思うようになる。
そしてプロポーズを望むようになる。なぜなら、火の中に入る前に私のことを思い出してためらってくれるかもしれない・・・そんな願いがあるから。ジヌはそれに答えようとしていた。
スジョンのラストのセリフ「プロポーズを望んだことが――」
プロポーズを望んだのは誰の為なのか――。ジヌはその仕事に誇りを持っていた。もちろん危険が伴うことも、それを彼女が心配してることも知っている。彼の消防士という仕事は理解していた、しているつもりだったスジョン。スジョンはそんな彼の想いを分かってあげれたんだろうか――。プロポーズ――型にはまらなくてもジヌは愛してくれていた。一緒にいられる、それだけで良かった。彼を信じて、彼の仕事をもっと理解してあげれたら――。何気ないラストのセリフは、そんな想いが込められている様で重みを感じる。
スジョンの不安な気持ち、不器用ながらも彼女の気持ちに答えようとするジヌ。そんな最中の運命のいたずら――。伝えたかった想い―言えなかった言葉―「愛してる」って“言える”のに・・・。悲しい別れですよね。
彼女の心を取り戻したい“別れさせ屋”と、
新しい恋を見つけてしまった彼女の物語。
終わった恋に気付けない男――。
愛がすれ違ってしまった二人――。
別れの日がやってくる――。付き合ってるときってそんなことは考えたりしなかったりするもの。でも、ふと気付いたときには相手の気持ちは離れ始めてたりする。ようやくそれに気づいたとき、つなぎとめようと頑張ったりする。でも、そんなときは既に手遅れだったりするもの――。
先の見えない愛に不安を抱えるスッキョン。仕事に付けば彼女の気持ちを取り戻せると信じているハソク。彼女の心を取り戻すために、他人の恋を終わらせる“別れさせ屋”―なんとも因果な商売ですよね。“別れさせ屋”その最後の別れも因果なものですね。彼女はそれを知らない、知るすべもない別れってのも・・・。
恋に落ちた耳の聞こえない少女と、遊園地の絵描きの物語。
秘めた想いを口に出せない初恋――。
愛に勇気が出せない二人――。
昔火事に巻き込まれた後遺症で顔にやけどの跡を抱える、耳の聞こえない少女スウン。彼女は遊園地で白雪姫の着ぐるみを着るバイトをしている(白雪姫に見えないんですけど・・・)。この白雪姫、カワイイです。見た目もさることながら仕草がキュート。そんな彼女が好きになったのは園内に似顔絵を描きに来ているサンギュ。“想いを言葉に出来ない”、そしてコンプレックスから顔を見せることも出来ない。でも、“白雪姫”という仮の姿でなら少し自分が出せる。そんなスウンのピュアさが愛くるしい。最初で最後の彼女の見せる素顔――。最初であると同時にそれは別れでもある。やっぱピュアな初恋は、ホロ苦い。
病に倒れた母親と、愛する母を守りたい少年の物語。
心の距離が縮まらない親子――。
限られた時間に愛を注ごうとする二人――。
仕事で多忙な毎日を過ごしているジュヨン。ある日の事故がきっかけで重病を抱えていることを知る――。入院中は毎日会いたいときにいつでもお母さんに会えると無邪気に嬉しがる小学2年生の一人息子フィチャン。今まで息子を寂しがらせていたことを初めて知るジュヨン。病気のことなど知らず、入院したおかげで今までかまってもらえなかった分、お母さんに会いたがるフィチャン。ある日、ふとしたことから母の病気のことを知ってしまう。
まだ小学2年生のフィチャンには、子を思う母の親心なんて分かるはずもないけれど、フィチャンは自分に対する“母の気持ち”を知り、お母さんを守りたいという気持ちから、母の真似事をする。お母さんに愛されているから―お母さんを好きだから―。お母さんのためと思い真似事をして励ますけれど怒られてしまう。良かれと思って言ったこと。親心を知らないフィチャンは、なぜ怒られるのか分からない。2人は今までの隙間を埋めようとする。母は息子を喜ばせるために、息子はお母さんに喜んでもらうために。――そして別れが近づいたとき、フィチャンは母の真似事をする。この「親心を知らないのに、母を想い、お母さんの真似事をする」ってところがなんともいじらしくてたまらない。そして、フィチャンに届けとばかりに病室から聞こえる“それ”は、何とも切ない・・・。
悲しみから生まれた、あたたかい涙の物語。
― Sad Movie ―
別れ――色んな別れがあるけれど、それは誰もが経験していること。四つの別れの物語――。一つの作品にそれだけ詰め込むってなると、一つ一つが薄っぺらになってしまうんじゃないかなって少し心配だった。でも、ちゃんと抑えるところは抑えてて良く描けている。独立したオムニバスじゃなく、同時進行でそれぞれの別れを一つの作品のラストとして持ってきたところも良かった。観終わった後は悲しいだけでなく、あたたかい気持ちになれる、そんな作品。
「愛はどうして終わる瞬間に一番輝くんだろう。」一緒にいること――それは何時しか当たり前のことになる。そして別れのときに気づく――それがどんなにかけがえのないものだったかを。気づいたときには遅すぎて―後悔しても手遅れで―頭の中を色んな想いが駆け巡る―。だから終わる瞬間に一番輝くのかな。
「サッド・ムービー」オフィシャルサイトはこちら






一番輝くんだろう。
これは、あなたに少し似た、“さよなら”の物語たち―。
本作の主人公は皆、“別れ”を通して新しい自分を見つけ、今まで気付くことのできなかった想いを知る。
それはちょっとした勇気や、昨日まで気付かなかった本当の気持ちや、絶えることのない愛。
失う時に初めて気付いた気持ちは、やがて宝物となって心の中に残るから、辛いけど、温かい。
『Sad Movie <サッド・ムービー>』は、「悲しい映画」と言う直訳の意味を超え、“別れ”の向こう側にある温もりまでをも表現している。
そして、“別れ”を描くことで逆に、人と触れ合う大切さや人を愛する意味を教えてくれる、心に触れる感動作となっているのだ。。
ある晴れた夏の日。
いつものように慌しく動き出す街の中で、私たちに似た8人の“別れ”への物語が始まる。
恋に不器用な消防士ジヌは、プロポーズを待ち望む恋人スジョンの気持ちに気付きながらも、なかなかその一言が言い出せず、彼女の気持ちは限界に近づいていた。
ゴールの見えない恋に終止符を打たれたハソクは、彼女の気持ちを取り戻せると信じて‘別れさせ屋’という奇妙な仕事を始める。
忙しすぎる母親に反発して困らせてばかりいた小学生のフィチャンは、ある日、母親が重病にかかっているという事実を知ってしまう。
初めて恋に落ちた耳の聞こえない少女スウンは、告白する勇気が出せないままに大好きな彼がフランスに留学するという噂を聞きつけてしまう…。
突然降り出した夕立を同じように受けながら、悲しみの予感にあらがうように、彼らは大切な人のため、それぞれの道を走り出す――。
その中で最も悲しく美しい別れを描いた映画
――『Sad Movie<サッド・ムービー>』。
主人公は8人の男女。
優しい言葉で別れる彼らの物語がいまはじまる。
8人の男女による4つの悲しい別れの物語。オムニバススタイルのように独立した物ではなく、人間関係につながりがあったり、同じ時間軸で4つの物語りは同時進行するといったスタイルで描かれている。
プロポーズを待ち望む手話通訳アナウンサーの物語。
幸せと不安が隣り合わせの恋……。
愛をうまく伝えられない二人――。
ジヌの手話、そして手話の解釈は間違いだらけで笑わせてくれますね。ジヌは消防士、それは危険といつも隣り合わせ。スジョンは彼のことが心配で消防士をやめて欲しいと思うようになる。
そしてプロポーズを望むようになる。なぜなら、火の中に入る前に私のことを思い出してためらってくれるかもしれない・・・そんな願いがあるから。ジヌはそれに答えようとしていた。
スジョンのラストのセリフ「プロポーズを望んだことが――」
プロポーズを望んだのは誰の為なのか――。ジヌはその仕事に誇りを持っていた。もちろん危険が伴うことも、それを彼女が心配してることも知っている。彼の消防士という仕事は理解していた、しているつもりだったスジョン。スジョンはそんな彼の想いを分かってあげれたんだろうか――。プロポーズ――型にはまらなくてもジヌは愛してくれていた。一緒にいられる、それだけで良かった。彼を信じて、彼の仕事をもっと理解してあげれたら――。何気ないラストのセリフは、そんな想いが込められている様で重みを感じる。
スジョンの不安な気持ち、不器用ながらも彼女の気持ちに答えようとするジヌ。そんな最中の運命のいたずら――。伝えたかった想い―言えなかった言葉―「愛してる」って“言える”のに・・・。悲しい別れですよね。
新しい恋を見つけてしまった彼女の物語。
終わった恋に気付けない男――。
愛がすれ違ってしまった二人――。
別れの日がやってくる――。付き合ってるときってそんなことは考えたりしなかったりするもの。でも、ふと気付いたときには相手の気持ちは離れ始めてたりする。ようやくそれに気づいたとき、つなぎとめようと頑張ったりする。でも、そんなときは既に手遅れだったりするもの――。
先の見えない愛に不安を抱えるスッキョン。仕事に付けば彼女の気持ちを取り戻せると信じているハソク。彼女の心を取り戻すために、他人の恋を終わらせる“別れさせ屋”―なんとも因果な商売ですよね。“別れさせ屋”その最後の別れも因果なものですね。彼女はそれを知らない、知るすべもない別れってのも・・・。
秘めた想いを口に出せない初恋――。
愛に勇気が出せない二人――。
昔火事に巻き込まれた後遺症で顔にやけどの跡を抱える、耳の聞こえない少女スウン。彼女は遊園地で白雪姫の着ぐるみを着るバイトをしている(白雪姫に見えないんですけど・・・)。この白雪姫、カワイイです。見た目もさることながら仕草がキュート。そんな彼女が好きになったのは園内に似顔絵を描きに来ているサンギュ。“想いを言葉に出来ない”、そしてコンプレックスから顔を見せることも出来ない。でも、“白雪姫”という仮の姿でなら少し自分が出せる。そんなスウンのピュアさが愛くるしい。最初で最後の彼女の見せる素顔――。最初であると同時にそれは別れでもある。やっぱピュアな初恋は、ホロ苦い。
心の距離が縮まらない親子――。
限られた時間に愛を注ごうとする二人――。
仕事で多忙な毎日を過ごしているジュヨン。ある日の事故がきっかけで重病を抱えていることを知る――。入院中は毎日会いたいときにいつでもお母さんに会えると無邪気に嬉しがる小学2年生の一人息子フィチャン。今まで息子を寂しがらせていたことを初めて知るジュヨン。病気のことなど知らず、入院したおかげで今までかまってもらえなかった分、お母さんに会いたがるフィチャン。ある日、ふとしたことから母の病気のことを知ってしまう。
まだ小学2年生のフィチャンには、子を思う母の親心なんて分かるはずもないけれど、フィチャンは自分に対する“母の気持ち”を知り、お母さんを守りたいという気持ちから、母の真似事をする。お母さんに愛されているから―お母さんを好きだから―。お母さんのためと思い真似事をして励ますけれど怒られてしまう。良かれと思って言ったこと。親心を知らないフィチャンは、なぜ怒られるのか分からない。2人は今までの隙間を埋めようとする。母は息子を喜ばせるために、息子はお母さんに喜んでもらうために。――そして別れが近づいたとき、フィチャンは母の真似事をする。この「親心を知らないのに、母を想い、お母さんの真似事をする」ってところがなんともいじらしくてたまらない。そして、フィチャンに届けとばかりに病室から聞こえる“それ”は、何とも切ない・・・。
― Sad Movie ―
別れ――色んな別れがあるけれど、それは誰もが経験していること。四つの別れの物語――。一つの作品にそれだけ詰め込むってなると、一つ一つが薄っぺらになってしまうんじゃないかなって少し心配だった。でも、ちゃんと抑えるところは抑えてて良く描けている。独立したオムニバスじゃなく、同時進行でそれぞれの別れを一つの作品のラストとして持ってきたところも良かった。観終わった後は悲しいだけでなく、あたたかい気持ちになれる、そんな作品。
「愛はどうして終わる瞬間に一番輝くんだろう。」一緒にいること――それは何時しか当たり前のことになる。そして別れのときに気づく――それがどんなにかけがえのないものだったかを。気づいたときには遅すぎて―後悔しても手遅れで―頭の中を色んな想いが駆け巡る―。だから終わる瞬間に一番輝くのかな。
「サッド・ムービー」オフィシャルサイトはこちら



2006年11月13日 (月) | 編集 |
「テキサス・チェーンソー ビギニング」を観てきましたよ〜
恐怖の原点、絶望の頂点
覚悟が無ければ、観てはいけない。
1939年8月、一人の赤ん坊が食肉処理工場の血まみれの床で生まれた。その子は生まれながらの奇形児で生肉の包装紙に包まれ、直ぐにゴミ容器の中に捨てられた。たまたまゴミを漁っていた女に拾われた赤ん坊はトーマスと名付けられ、女とその夫が暮らすヒューイット家で育てられる。トーマスは6歳のときに、自傷性の変性顔面異常症と診断されるが、その頃から動物を殺して解体するなど異常性が際立っていた。やがて9歳から食肉処理工場で働き始めた彼は30歳のとき食肉処理工場が閉鎖された衝撃から工場長をハンマーで殴り殺してしまう。住む土地に異常な執着を持つヒューイット家の家族は、捜索に来た地元の保安官までを殺害し、その肉を家族の夕食として食卓に並べた。ヒューイット一家の殺戮が始まった…。
実在の殺人鬼エド・ゲインをモチーフに猟奇的な殺人一家を描いたトビー・フーパー監督「悪魔のいけにえ」(74)。それは後のホラー映画に多大な影響を与えた。86年には、続編「悪魔のいけにえ2」が製作されている。そして2003年、「悪魔のいけにえ」は「テキサス・チェーンソー」としてリメイクされ、その恐怖はスクリーンに甦った。そして今回、「テキサス・チェーンソー ビギニング」は前作の過去を描き、殺人一家の謎と殺人鬼レザーフェイス誕生の秘密を明らかにするといった物で、今回も前作に続き、観る者を恐怖で震え上がらせる・・・!
さて、「テキサス・チェーンソー ビギニング(THE TEXAS CHAINSAW MASSACRE:THE BEGINNING)」オープニングで生い立ちは、あっさり描かれちゃった感じでしたが、映像の質感や色合いなど独特の雰囲気をかもし出してて良い感じ。本作で後の物語、「テキサス・チェーンソー(2003)」に繋がる一家の謎が明らかになり、なるほど〜と思える創りになってますね。確かに「ビギニング(BEGINNING)」として明らかになる部分もあるけれど、ビギニングなのにも関わらず、本作でヒューイット一家は既に“イカレタ一家”じゃないですかっ!相変わらず何なんだこの一家は・・・結局いつからイカレテるんだ?・・・と、思いつつも、そのイカレ具合が良い。と言いますか、イカレテルからこそ「テキサス・チェーンソー大虐殺」“THE TEXAS CHAINSAW MASSACRE”であり、次々と一家の餌食となるその惨劇は、もはやタダのホラーではなくスプラッタームービーと言える。
そう、「覚悟が無ければ、観てはいけない。」のです。
謎が明かされるとは言え、ヒューイット一家の関係性などが明確に描かれていなかったりして、まだ足りない部分が存在しますが、監督のジョナサン・リーベスマン曰く「ホラー映画の肝は全てを語り尽くさないところにある。」だそーな。確かに謎や不条理な部分があった方が面白味があったりする。そして、不条理な連続殺人だからこそ、その恐怖は増すわけで、ホラー映画の不条理さに説明などいらないのだ。
―――そして、迎えた待望の場面。
遂に“そいつ”が初めて唸りを上げる時がやってきた。
ヴイィィィィィィーーーーーーーン!!!!!
―――館内に響き渡る、その轟音
ぐはっ!・・・と・鳥肌がっ!!!
身の毛もよだつ映像と音にゾクゾクもんですよ!
これは前作のとき劇場で味わった感覚と似ているけれど、今回は少し違う。ゾクっとしつつも、半分は「待ってました!」といったニヤリ!なのだ。
チェーンソーが唸る度にゾクゾクワクワク♪
今回の見所の一つになっている、主役の“ホイト保安官”
いや、本当は主役ではないはず。
しかし、ホイト保安官の行動、そしてセリフなどは他の登場人物たちを完全に食っている!ニクイぜ、ホイト!
ところで、「ビギニング(BEGINNING)」とタイトルに付いている作品やビギニングに位置する作品などが幾つかあったりしますよね。それらは後から創られたりする訳ですが、「ビギニング」なだけに映像や内容が大人しくなってしまうのは仕方のないことだと思うけれど、前作を好きな人にとっては少し物足りない感じになってしまうことが多いんじゃないでしょうか。
本作も「ビギニング」として恐怖やエグさは大人し目になるのかなぁ〜なんて思ってたけれど、それらはビギニングにしてビギニングにあらず。そこら辺は物足りないなんてこともなく、ちゃんと見せ付けてくれます。ビギニングなのにやってくれる!
「テキサス・チェーンソー ビギニング」オフィシャルサイトはこちら
貴方はスクリーンから 目を覆わずに最後まで観れるか・・・
ってことで、「目を覆わずに最後まで観れるか?キャンペーン」なるものをやっているのをご存知でしょうか?
「目を覆わずに最後まで観れるか?キャンペーン」はこちら
キャンペーンが始まったのは観に行く前から知ってたんですけど、やるのをすっかり忘れてました・・・(汗)
でも、せっかくなので認定証をゲットすべくやってみました。

見事ゲットしましたよ〜。
キャンペーンの存在が知られていないのか、それとも見逃した部分があって正解できないのか、ゲットしている人が少ない・・・





![The Texas Chainsaw Massacre [2003] [Original Motion Picture Soundtrack]](http://rcm-images.amazon.com/images/P/B0000CABLW.09.THUMBZZZ.jpg)





覚悟が無ければ、観てはいけない。
1939年8月、一人の赤ん坊が食肉処理工場の血まみれの床で生まれた。その子は生まれながらの奇形児で生肉の包装紙に包まれ、直ぐにゴミ容器の中に捨てられた。たまたまゴミを漁っていた女に拾われた赤ん坊はトーマスと名付けられ、女とその夫が暮らすヒューイット家で育てられる。トーマスは6歳のときに、自傷性の変性顔面異常症と診断されるが、その頃から動物を殺して解体するなど異常性が際立っていた。やがて9歳から食肉処理工場で働き始めた彼は30歳のとき食肉処理工場が閉鎖された衝撃から工場長をハンマーで殴り殺してしまう。住む土地に異常な執着を持つヒューイット家の家族は、捜索に来た地元の保安官までを殺害し、その肉を家族の夕食として食卓に並べた。ヒューイット一家の殺戮が始まった…。
実在の殺人鬼エド・ゲインをモチーフに猟奇的な殺人一家を描いたトビー・フーパー監督「悪魔のいけにえ」(74)。それは後のホラー映画に多大な影響を与えた。86年には、続編「悪魔のいけにえ2」が製作されている。そして2003年、「悪魔のいけにえ」は「テキサス・チェーンソー」としてリメイクされ、その恐怖はスクリーンに甦った。そして今回、「テキサス・チェーンソー ビギニング」は前作の過去を描き、殺人一家の謎と殺人鬼レザーフェイス誕生の秘密を明らかにするといった物で、今回も前作に続き、観る者を恐怖で震え上がらせる・・・!
さて、「テキサス・チェーンソー ビギニング(THE TEXAS CHAINSAW MASSACRE:THE BEGINNING)」オープニングで生い立ちは、あっさり描かれちゃった感じでしたが、映像の質感や色合いなど独特の雰囲気をかもし出してて良い感じ。本作で後の物語、「テキサス・チェーンソー(2003)」に繋がる一家の謎が明らかになり、なるほど〜と思える創りになってますね。確かに「ビギニング(BEGINNING)」として明らかになる部分もあるけれど、ビギニングなのにも関わらず、本作でヒューイット一家は既に“イカレタ一家”じゃないですかっ!相変わらず何なんだこの一家は・・・結局いつからイカレテるんだ?・・・と、思いつつも、そのイカレ具合が良い。と言いますか、イカレテルからこそ「テキサス・チェーンソー大虐殺」“THE TEXAS CHAINSAW MASSACRE”であり、次々と一家の餌食となるその惨劇は、もはやタダのホラーではなくスプラッタームービーと言える。
そう、「覚悟が無ければ、観てはいけない。」のです。
謎が明かされるとは言え、ヒューイット一家の関係性などが明確に描かれていなかったりして、まだ足りない部分が存在しますが、監督のジョナサン・リーベスマン曰く「ホラー映画の肝は全てを語り尽くさないところにある。」だそーな。確かに謎や不条理な部分があった方が面白味があったりする。そして、不条理な連続殺人だからこそ、その恐怖は増すわけで、ホラー映画の不条理さに説明などいらないのだ。
―――そして、迎えた待望の場面。
遂に“そいつ”が初めて唸りを上げる時がやってきた。
ヴイィィィィィィーーーーーーーン!!!!!
―――館内に響き渡る、その轟音
ぐはっ!・・・と・鳥肌がっ!!!
身の毛もよだつ映像と音にゾクゾクもんですよ!
これは前作のとき劇場で味わった感覚と似ているけれど、今回は少し違う。ゾクっとしつつも、半分は「待ってました!」といったニヤリ!なのだ。
チェーンソーが唸る度にゾクゾクワクワク♪
今回の見所の一つになっている、主役の“ホイト保安官”
いや、本当は主役ではないはず。
しかし、ホイト保安官の行動、そしてセリフなどは他の登場人物たちを完全に食っている!ニクイぜ、ホイト!
ところで、「ビギニング(BEGINNING)」とタイトルに付いている作品やビギニングに位置する作品などが幾つかあったりしますよね。それらは後から創られたりする訳ですが、「ビギニング」なだけに映像や内容が大人しくなってしまうのは仕方のないことだと思うけれど、前作を好きな人にとっては少し物足りない感じになってしまうことが多いんじゃないでしょうか。
本作も「ビギニング」として恐怖やエグさは大人し目になるのかなぁ〜なんて思ってたけれど、それらはビギニングにしてビギニングにあらず。そこら辺は物足りないなんてこともなく、ちゃんと見せ付けてくれます。ビギニングなのにやってくれる!
「テキサス・チェーンソー ビギニング」オフィシャルサイトはこちら
貴方はスクリーンから 目を覆わずに最後まで観れるか・・・
ってことで、「目を覆わずに最後まで観れるか?キャンペーン」なるものをやっているのをご存知でしょうか?
「目を覆わずに最後まで観れるか?キャンペーン」はこちら
キャンペーンが始まったのは観に行く前から知ってたんですけど、やるのをすっかり忘れてました・・・(汗)
でも、せっかくなので認定証をゲットすべくやってみました。

見事ゲットしましたよ〜。
キャンペーンの存在が知られていないのか、それとも見逃した部分があって正解できないのか、ゲットしている人が少ない・・・



2006年10月30日 (月) | 編集 |
「トンマッコルへようこそ」を観てきましたよ〜
ひとり、空から落ちてきた。
ふたり、森からやってきた。
3人、山を越えて来た。
山奥深くにある“子供のように純粋な”という意味の小さな村、トンマッコル。ある日、トンマッコルに6人のお客さんがやってきた。まるで何かに導かれるように。朝鮮戦争真っ只中、敵対する韓国軍と人民軍の彼らは銃や手榴弾を構えあう。そんな一触即発な状況にもかかわらず、村人たちには何のことかさっぱり理解できない。トンマッコルの人々にとって戦争は無縁、と言うより“戦争”そのものを知らないのだ。
――6人は村人たちと生活を共にし、平和な日々を過ごしていた。そんなある日、村に危険が迫る。トンマッコルと6人の運命は・・・
800万人が笑って泣いた、感動のエンタテインメント
韓国で動員数800万人を記録し、国民の6人に1人が観た計算になるという脅威の数字を叩き出した「トンマッコルへようこそ」、スゴイ!
映像もさることながら、この作品の雰囲気作りに欠かせない音楽、この独特の幻想的な聞き覚えのある音楽は宮崎アニメなどでお馴染みの久石譲が担当している。
恋愛物で泣ける感動作は数あれど「トンマッコルへようこそ(WELCOME TO DONGMAKGOL)」は、それとは違ったテイストの泣ける感動作。まるで童話やおとぎ話、ファンタジーといった、笑えて、泣けて、時には考えさせられる、なんとも心温まるお話。「トンマッコルへようこそ」のベースには“戦争”というテーマがある。お客である彼らが敵対する理由、それは“戦争”に他ならない。そのしがらみに絡まれ、いがみ合う彼ら。戦争が彼らを、そうさせてしまったのだ。しかし、村で生活し、村人たちの純粋さに触れることで、そのしがらみは徐々に解け、本来あるべき人間性が浮きぼられて行く。
村の少女ヨイル。彼女は“頭の弱い子”と言われている。確かにそんな風に見えるが、ヨイルはただ純粋なだけなのだ。彼女のやることなすこと、それはとても可愛く見える。彼女の持つ“ハンカチ”、指にはめた物を「指輪」と言ってみたり、あの“デカブツ”を「眠っているから」と言ってみたり、喋り方や表情などヨイルの純粋な無邪気さにヤラレました。人は良くも悪くも色んなことを覚え、成長し、大人へとなる。大人になること、それは純粋さを代償にしているのかもしれない。純粋だった子供の頃、あの頃の純粋さは何処でナクシタのだろう?もしかしたら忘れてしまっているだけなのかもしれない。
イノシシ登場。スローで展開されるこの場面、めっちゃグリーンバック丸出しぢゃん・・・なんなのさ、この安っぽさは!ところがどっこい、安っぽい割りになかなか味のあるシーンなんですよねぇ〜。なんたって“初めての共同作業”ですもの。安っぽさに加え、それをスローで見せることにより危機的状況が、なぜか面白く見えてしまうところがタマラナイ。
6人と村人たちの噛み合わなさが面白くて、少しずつ心を開いていく6人が描かれていて、ほのぼのしていて笑いがあってと、前半はコミカルなテイストになっているが、後半はガラリとその質感を変える。
「うっそ・・・!」予想外の“ある出来事”には驚いた。緊迫した場面、6人の男たち。信頼と友情、そして守るべき者。前半とは違った感じの映像も良く出来ている。見所は何と言っても“6人のとった行動”でしょう。最初の頃の敵対心は何処にもなく、そこにあるのは絆。
命を賭けて守る・・・カッコいいよ、良すぎるよ、アンタたち。
光を見つめる村人たち。
戦争を知らない村人たち。
そぅ、その光が何なのかさえも・・・
命を賭けるべく村を出た6人。しかし、戦争を知らない村人にとって6人は「ただ村を出て行った」にすぎないのだ。切ないですね・・・
笑顔が一番つよいのです。
ヨイル、そして村人たちとトンマッコルには笑顔が絶えない。
ラストの“無数の雨”が降るシーンで見せる彼らの笑顔がまさにそれを物語っている。
「トンマッコルへようこそ」オフィシャルサイトはこちら





ふたり、森からやってきた。
3人、山を越えて来た。
山奥深くにある“子供のように純粋な”という意味の小さな村、トンマッコル。ある日、トンマッコルに6人のお客さんがやってきた。まるで何かに導かれるように。朝鮮戦争真っ只中、敵対する韓国軍と人民軍の彼らは銃や手榴弾を構えあう。そんな一触即発な状況にもかかわらず、村人たちには何のことかさっぱり理解できない。トンマッコルの人々にとって戦争は無縁、と言うより“戦争”そのものを知らないのだ。
――6人は村人たちと生活を共にし、平和な日々を過ごしていた。そんなある日、村に危険が迫る。トンマッコルと6人の運命は・・・
800万人が笑って泣いた、感動のエンタテインメント
韓国で動員数800万人を記録し、国民の6人に1人が観た計算になるという脅威の数字を叩き出した「トンマッコルへようこそ」、スゴイ!
映像もさることながら、この作品の雰囲気作りに欠かせない音楽、この独特の幻想的な聞き覚えのある音楽は宮崎アニメなどでお馴染みの久石譲が担当している。
恋愛物で泣ける感動作は数あれど「トンマッコルへようこそ(WELCOME TO DONGMAKGOL)」は、それとは違ったテイストの泣ける感動作。まるで童話やおとぎ話、ファンタジーといった、笑えて、泣けて、時には考えさせられる、なんとも心温まるお話。「トンマッコルへようこそ」のベースには“戦争”というテーマがある。お客である彼らが敵対する理由、それは“戦争”に他ならない。そのしがらみに絡まれ、いがみ合う彼ら。戦争が彼らを、そうさせてしまったのだ。しかし、村で生活し、村人たちの純粋さに触れることで、そのしがらみは徐々に解け、本来あるべき人間性が浮きぼられて行く。
村の少女ヨイル。彼女は“頭の弱い子”と言われている。確かにそんな風に見えるが、ヨイルはただ純粋なだけなのだ。彼女のやることなすこと、それはとても可愛く見える。彼女の持つ“ハンカチ”、指にはめた物を「指輪」と言ってみたり、あの“デカブツ”を「眠っているから」と言ってみたり、喋り方や表情などヨイルの純粋な無邪気さにヤラレました。人は良くも悪くも色んなことを覚え、成長し、大人へとなる。大人になること、それは純粋さを代償にしているのかもしれない。純粋だった子供の頃、あの頃の純粋さは何処でナクシタのだろう?もしかしたら忘れてしまっているだけなのかもしれない。
イノシシ登場。スローで展開されるこの場面、めっちゃグリーンバック丸出しぢゃん・・・なんなのさ、この安っぽさは!ところがどっこい、安っぽい割りになかなか味のあるシーンなんですよねぇ〜。なんたって“初めての共同作業”ですもの。安っぽさに加え、それをスローで見せることにより危機的状況が、なぜか面白く見えてしまうところがタマラナイ。
6人と村人たちの噛み合わなさが面白くて、少しずつ心を開いていく6人が描かれていて、ほのぼのしていて笑いがあってと、前半はコミカルなテイストになっているが、後半はガラリとその質感を変える。
「うっそ・・・!」予想外の“ある出来事”には驚いた。緊迫した場面、6人の男たち。信頼と友情、そして守るべき者。前半とは違った感じの映像も良く出来ている。見所は何と言っても“6人のとった行動”でしょう。最初の頃の敵対心は何処にもなく、そこにあるのは絆。
命を賭けて守る・・・カッコいいよ、良すぎるよ、アンタたち。
戦争を知らない村人たち。
そぅ、その光が何なのかさえも・・・
命を賭けるべく村を出た6人。しかし、戦争を知らない村人にとって6人は「ただ村を出て行った」にすぎないのだ。切ないですね・・・
笑顔が一番つよいのです。
ヨイル、そして村人たちとトンマッコルには笑顔が絶えない。
ラストの“無数の雨”が降るシーンで見せる彼らの笑顔がまさにそれを物語っている。
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2006年10月26日 (木) | 編集 |
「スネーク・フライト」を観てきましたよ〜
この飛行機、壊滅寸前!!
数千匹の毒蛇、ジャンボをハイジャック。
前代未聞のパニック・アクション
高度30,000フィートの密室。
逃げ場のない機内で襲いかかる数千匹のヘビ!
絶叫の3,000キロのフライトが始まった!!
ある日オフロードバイクで走っていたショーンは、偶然、殺人事件を目撃してしまう。犯罪組織に追われる身となったショーンはFBI捜査官フリンに助けられ、犯人を捕らえるため「事件のことを証言しろ」と説得される。そして2人はロスの裁判所を目指して飛行機に乗り込む。が、そこには組織が送り込んだ数千匹もの毒蛇が待ち構えていた。飛行機が離陸すると、タイマー式のカーゴが開き遂に大量のヤツらが放たれた!ジャンボジェットは地獄の密室へと姿を変え、究極の連続パニックが始まった・・・
数千匹もの毒蛇が密かにわらわらと上から下から、前から後ろから襲いかかる。アナコンダのようなドデカイ蛇は出てこないのでインパクトとしてはそれほどでもないかもしれないけれど、かなりの種類のヘビがうじゃうじゃ登場する。“毒ヘビ”とは言え、撮影には毒をもったヘビにそっくりな“毒を持っていないヘビ”を使うなどの安全の配慮がされた。
さて、「スネーク・フライト(SNAKES ON A PLANE)」の見所は飛行機が離陸し密室状態となり、ヘビが放たれた所からでしょう。もちろんヘビが人々に次々と襲いかかり、まさにパニックムービー!こ、怖い・・・と、言いたいところですが、なにやらちょっと様子がおかしい。どーも怖がらせたいと言うより笑わせたいようにしか見えない。本来なら忍び寄るヘビ、襲われる人々、そこで観る者に恐怖をあたえる・・・はず、なのですがその見せ方が完全にネラッテる!恐怖を与えるべきところで笑いを誘う演出、このあまりにも掛け離れた“恐怖と笑い”のコラボ、そのギャップが面白い。
エロス+恐怖。ではなく、エロス+おバカな感じが良かったり、さらに客室乗務員の反応もおバカの上塗りだったりと、おバカを被せて来る辺りがニクイ!主な登場人物たちのどれもが、間違いなくおバカ的見せ場があるでしょ!と、一目瞭然って感じのキャラだったりします。ノリノリで出演したと言うサミュエル・L・ジャクソン。あのサミュエル・L・ジャクソンがこんなおバカムービーで頑張っちゃってて本気(マジ)で悪ノリしてる感じが良い。
飛行機が舞台と言えば「エアポート」シリーズやエアポートと名の付く多くの作品があったりしますが、それらの作品を観たことがあれば飛行機のパニックムービーで起こりえる事はいとも簡単に想像できるでしょう。飛行機内で起こりえることは限られています。でもそれらが飛行機のパニックムービーの“王道”でもあるわけです。もちろん、この「スネーク・フライト」もそれらの“王道”を踏まえています。
観る者を恐怖のどん底に陥れつつ・・・ちがった、笑いの渦に巻き込みつつ、迎えた後半、ここでも予想通りの“王道”を炸裂させてくれちゃいます。そんなこんなで、観終わってみればシリアスなパニックムービーではなくタダのおバカムービーだった訳ですが、これはこれで楽しめるのでよろしいかと。
本編も終わりエンドロールで一息・・・ってところで、なにやらPVが始まりました。なんだかこのPVの曲、良いですよっ!しかも歌詞が・・・最後の最後までお笑い路線ですかっ!やってくれるぜっ!どーやらこの曲は“エンディングで使用する曲を一般から公募してコンテストを行う”って企画があったらしく、そのコンテストで勝ち残った一般のアーティストのものだとか。
タイトルは
“COBRA STARSHIP - Snakes On A Plane (Bring It)”
PVの最後は当初の映画のタイトルでもある
「サウスパシフィック121」にちなんで
「SOUTH PACIFIC AIRLINES FLIGH 121」
でキッチリ〆てくれてます ^−^
(PVを観るには [続きを読む...] へGO!)
「スネーク・フライト」オフィシャルサイトはこちら







数千匹の毒蛇、ジャンボをハイジャック。
前代未聞のパニック・アクション
高度30,000フィートの密室。
逃げ場のない機内で襲いかかる数千匹のヘビ!
絶叫の3,000キロのフライトが始まった!!
ある日オフロードバイクで走っていたショーンは、偶然、殺人事件を目撃してしまう。犯罪組織に追われる身となったショーンはFBI捜査官フリンに助けられ、犯人を捕らえるため「事件のことを証言しろ」と説得される。そして2人はロスの裁判所を目指して飛行機に乗り込む。が、そこには組織が送り込んだ数千匹もの毒蛇が待ち構えていた。飛行機が離陸すると、タイマー式のカーゴが開き遂に大量のヤツらが放たれた!ジャンボジェットは地獄の密室へと姿を変え、究極の連続パニックが始まった・・・
数千匹もの毒蛇が密かにわらわらと上から下から、前から後ろから襲いかかる。アナコンダのようなドデカイ蛇は出てこないのでインパクトとしてはそれほどでもないかもしれないけれど、かなりの種類のヘビがうじゃうじゃ登場する。“毒ヘビ”とは言え、撮影には毒をもったヘビにそっくりな“毒を持っていないヘビ”を使うなどの安全の配慮がされた。
さて、「スネーク・フライト(SNAKES ON A PLANE)」の見所は飛行機が離陸し密室状態となり、ヘビが放たれた所からでしょう。もちろんヘビが人々に次々と襲いかかり、まさにパニックムービー!こ、怖い・・・と、言いたいところですが、なにやらちょっと様子がおかしい。どーも怖がらせたいと言うより笑わせたいようにしか見えない。本来なら忍び寄るヘビ、襲われる人々、そこで観る者に恐怖をあたえる・・・はず、なのですがその見せ方が完全にネラッテる!恐怖を与えるべきところで笑いを誘う演出、このあまりにも掛け離れた“恐怖と笑い”のコラボ、そのギャップが面白い。
エロス+恐怖。ではなく、エロス+おバカな感じが良かったり、さらに客室乗務員の反応もおバカの上塗りだったりと、おバカを被せて来る辺りがニクイ!主な登場人物たちのどれもが、間違いなくおバカ的見せ場があるでしょ!と、一目瞭然って感じのキャラだったりします。ノリノリで出演したと言うサミュエル・L・ジャクソン。あのサミュエル・L・ジャクソンがこんなおバカムービーで頑張っちゃってて本気(マジ)で悪ノリしてる感じが良い。
飛行機が舞台と言えば「エアポート」シリーズやエアポートと名の付く多くの作品があったりしますが、それらの作品を観たことがあれば飛行機のパニックムービーで起こりえる事はいとも簡単に想像できるでしょう。飛行機内で起こりえることは限られています。でもそれらが飛行機のパニックムービーの“王道”でもあるわけです。もちろん、この「スネーク・フライト」もそれらの“王道”を踏まえています。
観る者を恐怖のどん底に陥れつつ・・・ちがった、笑いの渦に巻き込みつつ、迎えた後半、ここでも予想通りの“王道”を炸裂させてくれちゃいます。そんなこんなで、観終わってみればシリアスなパニックムービーではなくタダのおバカムービーだった訳ですが、これはこれで楽しめるのでよろしいかと。
本編も終わりエンドロールで一息・・・ってところで、なにやらPVが始まりました。なんだかこのPVの曲、良いですよっ!しかも歌詞が・・・最後の最後までお笑い路線ですかっ!やってくれるぜっ!どーやらこの曲は“エンディングで使用する曲を一般から公募してコンテストを行う”って企画があったらしく、そのコンテストで勝ち残った一般のアーティストのものだとか。
タイトルは
“COBRA STARSHIP - Snakes On A Plane (Bring It)”
PVの最後は当初の映画のタイトルでもある
「サウスパシフィック121」にちなんで
「SOUTH PACIFIC AIRLINES FLIGH 121」
でキッチリ〆てくれてます ^−^
(PVを観るには [続きを読む...] へGO!)
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2006年10月23日 (月) | 編集 |
「ブラック・ダリア」を観てきましたよ〜
1947年、
ロサンゼルス市内の空き地で、
腰から切断された
若い女の死体が発見された。
被害者は女優志望の女。
世界一有名な死体になった彼女を、
人はこう呼んだ――
ブラック・ダリア
THE BLACK DAHLIA
さて、この「ブラック・ダリア」のことをまったく知らなくても“腰で切断された全裸の女性。耳まで切り裂かれた口。抜かれた内臓。三角形にえぐり取られた太股の傷。何かの暗号のような不気味なサインをほどこされ、空き地に打ち捨てられた惨殺死体”と聞けば興味を引かれることでしょう。そして、この「ブラック・ダリア」は“戦後間もないロサンゼルスを震撼させた実際の迷宮入り事件を題材にしている”となると興味津々になりませんか?
さてさて、本編が始まるもなかなかブラック・ダリア事件が見えてきません。事件に関係があるのかないのか、かなり外堀にいるような気配のまま話は進行していきます。あちらこちらと場面展開するものの事件そのものにピントが合わずぼやけた感じのような、それでいて複雑に絡んでいるかのような。これはブラック・ダリア事件が発生してもこの靄は晴れることがありません。
やはり、実際は迷宮入りした事件なのでラストも未解決のままぼやけた感じで終わるのかなぁ。作品を観る前からそんな風に思っていた。
しかし、後半ラスト間際で靄が晴れピントが合い始めた・・・と、思ったのもつかの間、ここからの展開が速い。今までの様々な場面、事件に関係ないと思えた場面ですらパズルのピースの一つで、それらの散りばめられたピースが一気に合わさり始め、ブラック・ダリア事件の全貌が姿を現し明らかとなった。予想外の展開に驚き、ラストでピースが一気にハマり始めるという、この久々の感覚に嬉しくなりました。
やってくれるぜ!ブライアン・デ・パルマ&ジェイムズ・エルロイ
後に“ブラック・ダリア”と呼ばれることとなる残虐な殺され方をしたエリザベス・ショート。彼女の死体を映像で見せ、観る者に衝撃を与えるのは容易い事。しかし、あえてそれをやらなかったのは長年にわたり“ブラック・ダリア”のイメージが出来上がっているからだとか。
「ブラック・ダリア(The Black Dahlia)」オフィシャルサイトはこちら






ロサンゼルス市内の空き地で、
腰から切断された
若い女の死体が発見された。
被害者は女優志望の女。
世界一有名な死体になった彼女を、
人はこう呼んだ――
ブラック・ダリア
THE BLACK DAHLIA
さて、この「ブラック・ダリア」のことをまったく知らなくても“腰で切断された全裸の女性。耳まで切り裂かれた口。抜かれた内臓。三角形にえぐり取られた太股の傷。何かの暗号のような不気味なサインをほどこされ、空き地に打ち捨てられた惨殺死体”と聞けば興味を引かれることでしょう。そして、この「ブラック・ダリア」は“戦後間もないロサンゼルスを震撼させた実際の迷宮入り事件を題材にしている”となると興味津々になりませんか?
さてさて、本編が始まるもなかなかブラック・ダリア事件が見えてきません。事件に関係があるのかないのか、かなり外堀にいるような気配のまま話は進行していきます。あちらこちらと場面展開するものの事件そのものにピントが合わずぼやけた感じのような、それでいて複雑に絡んでいるかのような。これはブラック・ダリア事件が発生してもこの靄は晴れることがありません。
やはり、実際は迷宮入りした事件なのでラストも未解決のままぼやけた感じで終わるのかなぁ。作品を観る前からそんな風に思っていた。
しかし、後半ラスト間際で靄が晴れピントが合い始めた・・・と、思ったのもつかの間、ここからの展開が速い。今までの様々な場面、事件に関係ないと思えた場面ですらパズルのピースの一つで、それらの散りばめられたピースが一気に合わさり始め、ブラック・ダリア事件の全貌が姿を現し明らかとなった。予想外の展開に驚き、ラストでピースが一気にハマり始めるという、この久々の感覚に嬉しくなりました。
やってくれるぜ!ブライアン・デ・パルマ&ジェイムズ・エルロイ
後に“ブラック・ダリア”と呼ばれることとなる残虐な殺され方をしたエリザベス・ショート。彼女の死体を映像で見せ、観る者に衝撃を与えるのは容易い事。しかし、あえてそれをやらなかったのは長年にわたり“ブラック・ダリア”のイメージが出来上がっているからだとか。
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2006年10月19日 (木) | 編集 |
「16ブロック」を観てきましたよ〜
わずか16ブロック(区画)先に証人を護送する──。
それは簡単な任務のはずだった…。
夜勤明けで署に戻ったジャック・モーズリー。上司は彼に簡単な任務を課せる。それはわずか16ブロック先の裁判所まで囚人エディ・バンカーを護送するという15分もあれば済む簡単な仕事だった。だが護送中、何者かに襲撃されてしまう。果たして裁判所までエディ・バンカーを午前10時までに護送することは出来るのか!?
冒頭のモノクロシーン、いかにも意味ありげに物語っているこの時間軸、本編で繋がりを見せたとき、どれほどの重みのあるセリフになるんだろう。そんなことを頭の片隅に置きつつ物語りは始まった。
NY市警を敵にまわした、最も「不運」で「手強い」刑事、過去の面影はなく落ちぶれてしまい、今ではアルコール依存症のジャック・モーズリーを演じるのはブルース・ウィリス。うーん、ハマリ役!このブルース・ウィリスの老けた感じは実は役作りで、そのために体重を増やし無精ひげをはやしたりしている。顔もメーキャップによりアルコール依存症らしく見せている。見た目もさることながら、喋り方や酒に溺れた感じ、そして表情。さらには悪い足を引きずり、なんともくたびれた感じの歩き方など、この落ちぶれた感じ、やる気のなさ、酒に溺れなんともくたびれたダメ刑事を見事に演じている。
ちなみにブルース・ウィリスといえば、先日ハリウッドの映画殿堂(ウォーク・オブ・フェイム)入りしましたねぇ。映画殿堂入りは2321人目だとか。おめでとうブルース・ウィリス!
NY市警に追われる、最も「重要」で「無力な」証人、囚人エディ・バンカーを演じるのはヒップホップ界のカリスマと言われるモス・デフ、彼もまた名演技を見せている。危機的状況に陥りながらも“人間は変われる”ことを信じ、ジャックを励まし、時には子供に優しく接する。そんなエディの夢はケーキ屋を開くこと。ケーキのことを語るときのエディは子供のように無邪気で、彼は誰に対しても優しく振舞う。そんなエディの見せる無邪気ともいえる優しさが心にしみる。
NY市警を操る、最も「有能」で「卑劣な」刑事フランク・ニュージェントを演じるのはデヴィッド・モース。ジャックとは、20年来の相棒。このジャックとの駆け引きや彼の見せるワルぶりもいい感じ。
彼等の演技もさることながらもう一つの売りは、映画の時間がほぼリアルタイムに進行することでしょう。
このリアルタイムってのが、なかなかいい感じで118分(上映時間101分)のリアルタイムにしては展開が速いといいますか内容が濃い。劇中に何度か時間が出てくるので「残り時間は後○分、こっからどーゆー展開になって、最後はたどり着けるのかな〜?」と、タイムリッミットまでの残り時間を気にしつつ楽しめました。
バスのシーンは見せ場ですよね〜。このシーンのエディのセリフが良かった。それとエディの出す“なぞなぞ”これは気になってましたよ〜。最後には答えを出してくれて、その答えがいい話になるのかな〜なんて思ってたけど、その答えは「常に相手の気持ちを考えるエディの優しさ」そんな感じでしたね。
“人間は変われない”と言うジャックと“人間は変われる”と信じているエディ。果たして人は変われるのか?
時に人は他人の力や助けなどで変わることもある。人生はいつだってやり直しが出来るし、人は変わることだって出来る。改めてそんなことを考えさせてくれる作品かもしれない。
ラストのオチは誰しもが予測できるものだと思いますが、それでもこのラストにはホロリとさせられました。
「16ブロック」オフィシャルサイトはこちら
地図情報検索サイトでおなじみMapion(マピオン)とのコラボ企画
「16ブロックxキョリ測β」はこちら



わずか16ブロック(区画)先に証人を護送する──。
それは簡単な任務のはずだった…。
夜勤明けで署に戻ったジャック・モーズリー。上司は彼に簡単な任務を課せる。それはわずか16ブロック先の裁判所まで囚人エディ・バンカーを護送するという15分もあれば済む簡単な仕事だった。だが護送中、何者かに襲撃されてしまう。果たして裁判所までエディ・バンカーを午前10時までに護送することは出来るのか!?
冒頭のモノクロシーン、いかにも意味ありげに物語っているこの時間軸、本編で繋がりを見せたとき、どれほどの重みのあるセリフになるんだろう。そんなことを頭の片隅に置きつつ物語りは始まった。
NY市警を敵にまわした、最も「不運」で「手強い」刑事、過去の面影はなく落ちぶれてしまい、今ではアルコール依存症のジャック・モーズリーを演じるのはブルース・ウィリス。うーん、ハマリ役!このブルース・ウィリスの老けた感じは実は役作りで、そのために体重を増やし無精ひげをはやしたりしている。顔もメーキャップによりアルコール依存症らしく見せている。見た目もさることながら、喋り方や酒に溺れた感じ、そして表情。さらには悪い足を引きずり、なんともくたびれた感じの歩き方など、この落ちぶれた感じ、やる気のなさ、酒に溺れなんともくたびれたダメ刑事を見事に演じている。
ちなみにブルース・ウィリスといえば、先日ハリウッドの映画殿堂(ウォーク・オブ・フェイム)入りしましたねぇ。映画殿堂入りは2321人目だとか。おめでとうブルース・ウィリス!
NY市警に追われる、最も「重要」で「無力な」証人、囚人エディ・バンカーを演じるのはヒップホップ界のカリスマと言われるモス・デフ、彼もまた名演技を見せている。危機的状況に陥りながらも“人間は変われる”ことを信じ、ジャックを励まし、時には子供に優しく接する。そんなエディの夢はケーキ屋を開くこと。ケーキのことを語るときのエディは子供のように無邪気で、彼は誰に対しても優しく振舞う。そんなエディの見せる無邪気ともいえる優しさが心にしみる。
NY市警を操る、最も「有能」で「卑劣な」刑事フランク・ニュージェントを演じるのはデヴィッド・モース。ジャックとは、20年来の相棒。このジャックとの駆け引きや彼の見せるワルぶりもいい感じ。
彼等の演技もさることながらもう一つの売りは、映画の時間がほぼリアルタイムに進行することでしょう。
このリアルタイムってのが、なかなかいい感じで118分(上映時間101分)のリアルタイムにしては展開が速いといいますか内容が濃い。劇中に何度か時間が出てくるので「残り時間は後○分、こっからどーゆー展開になって、最後はたどり着けるのかな〜?」と、タイムリッミットまでの残り時間を気にしつつ楽しめました。
バスのシーンは見せ場ですよね〜。このシーンのエディのセリフが良かった。それとエディの出す“なぞなぞ”これは気になってましたよ〜。最後には答えを出してくれて、その答えがいい話になるのかな〜なんて思ってたけど、その答えは「常に相手の気持ちを考えるエディの優しさ」そんな感じでしたね。
“人間は変われない”と言うジャックと“人間は変われる”と信じているエディ。果たして人は変われるのか?
時に人は他人の力や助けなどで変わることもある。人生はいつだってやり直しが出来るし、人は変わることだって出来る。改めてそんなことを考えさせてくれる作品かもしれない。
ラストのオチは誰しもが予測できるものだと思いますが、それでもこのラストにはホロリとさせられました。
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2006年10月16日 (月) | 編集 |

「ハードキャンディ」を観てきましたよ〜
・・・な、なんなんだこの映画っ!
スゴイ映画が現れた。
主な登場人物は、少女と男のふたり。
そして密室。
要素はたったこれだけなのにも関わらず二人の会話と演技だけで実に見事なハイパー・インテリジェンス・スリラーに仕上がっている。二人の演技力はもちろん、シナリオの完成度が高くなければこれだけの要素で面白い作品が創れるはずはない。だが、この「ハードキャンディ」の、その完成度は高いと言える。
「ハードキャンディ」は“赤ずきん”そして、日本で起きた“オヤジ狩り”“援助交際”をモチーフに創られた作品。決して目新しいと言うわけではないかもしれないけれど、この三つの要素をうまく取り入れてるところが好きだったりします。
上のポスター、これはエラくお気に入り♪
まさに「ハードキャンディ」を象徴するものだと思う。
トラバサミというトラップを仕掛け“少女”を武器に自らが餌となり“オオカミ”を誘い出す。そして物語は赤ずきんをモチーフに取り入れている。赤ずきんといえばグリム童話では、オオカミに丸呑みされてしまい、猟師が眠っているオオカミのお腹をジョキジョキと切り裂いて助け出される赤ずきんちゃん。石ころをお腹に詰め、そのお腹を縫う。そしてオオカミは井戸へ・・・。オオカミが人を襲うのは言わば生きるため。石を詰め、縫う。これは懲らしめるためではあるが、復讐劇ともとれる。この「ハードキャンディ」は、そんな赤ずきんになぞらえた感じになっている。
少女ヘイリー(14)とジェフ(32)は出会い系サイトのチャットで知り合い、ある日初めてカフェで出会う。いかにも“援助交際”といった感じで“赤ずきん”と“オオカミ”は出会うのである。“オオカミ”に狙われているとも知らず、今時の14歳といった感じのノリで無邪気に振舞う“赤ずきん”。そして“オオカミ”に誘われ自宅へ行くこととなる。もはや“オオカミ”の餌食になってしまうのは確実・・・かに思えた。が、しかし!時すでに赤ずきんが仕掛けたオオカミへのゲームは始まっていた。“オヤジ狩り”の始まりである。“オオカミ”の家、この密室で繰り広げられる二人の会話が良く出来ている。それは観る者の同情や嫌悪感、そして緊張感といった様々な感情を刺激する。
エグい映像を見せることなく、会話と演技だけで観る者の想像力を刺激し、それをとてつもなく痛いと“思わせる”など、実に見事。この密室での二人は主導権争いといった感じで、主導権を握った者がこのゲームの勝者、そんな駆け引きが楽しめる。ところで、この密室劇が始まった辺りから気になりだしたことがある。それは“色”。赤や青などシーンによって、または場面が変わるときなど効果的に多用していることに気づく。色合いで登場人物の感情などを表現する手法はよくあること。この赤や青も何かを表現しているはず、それが何なのか?“赤ずきん”目線の感情の変化なのか・・・もしくは“赤ずきん”と“オオカミ”の攻守の入れ替わりを表したものなのか・・・。
この“赤ずきん”の見せる無邪気さは世代ならではなのか?それとも、それすら計算されたトラップのための演技なのか?ヘイリーが次第に少女の皮をかぶったオオカミにさえ見えてくる。
この作品は“赤ずきん”or“オオカミ”どちらに感情移入できるのか、ヘイリーの狙いやジェフの過去、そしてラストなど、何が正解とかではなく、その感じ方は観るものにゆだねられています。
Hard candy
1. 砂糖と結晶化させずに沸騰させたコ−ンシロップから作ったキャンディ
2.堅いけど砕けやすいキャンディ
3.勃起したペニスのこと。キャンディと呼ばれているのは、ビッチ(女)たちがキャンディと同じくらいそれをなめるのが好きだから。
4. (名詞)ヘロインの俗語
さて、この「ハードキャンディ」のラスト、どんな風に感じましたか?
最後のセリフにはゾッとしましたが、私のそれは他の人と違うと思います。このラストは実はヒネリが利いていて、それこそ“赤ずきん”が仕掛けたトラップの本当のキモではないのだろうか?と私は思いました。最後のセリフは、その前のセリフに繋がるのではなく、ヒネリを利かせた“その後”の為のプロローグなのでは、と。
― 童話「赤ずきん」
「どうしてそんなにお口が大きいの?」
「それはね・・・お前を食べるためだよっ!!!!」
― これに対し「ハードキャンディ」は
「お前は誰なんだ?」
「私はいたいけなる少女、赤ずきん」
「何のためにこんなことをするんだ!?」
「それはね・・・お前を懲らしめるためだよっ!!!!」
― と、いったところでしょうか。
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2006年10月11日 (水) | 編集 |
「神の左手悪魔の右手」を観てきましたよ〜
黒い絵本。惨殺される少女たちの絵。少年の悪夢は現実となる。
原作は、知る人ぞ知る 楳図かずお。そのホラー漫画家、楳図かずおの伝説的コミック「神の左手悪魔の右手」が遂に映画化!本作は「神の左手悪魔の右手」の“黒い絵本”のエピソードを中心とした作品になっている。
足が不自由で寝たきりになった娘モモのため自作の絵本をプレゼントする父親、光一郎。モモは、光一郎が描いてくれる絵本だけを楽しみにしていた。光一郎が仕事から帰って来ると、モモは早く新しい絵本を読んで欲しいとせがむ。嬉しそうに絵本を見つめるモモ。しかし、黒いスケッチブックに描かれたその絵本は、捨てられた人形を拾った心優しい女の子が、突然何者かに鉤爪で首を刺されて吊り上げられ、首から血を噴き出して殺されるという、あまりにも残酷な話だった。
そんな恐ろしい結末が描かれているにもかかわらず、毎回「早く新しい絵本を読んで欲しい」とせがむモモちゃん・・・どんな神経をした子なんだっ!・・・と、本来ならツッコミたくなるところだけれど、そこは“これぞ楳図かずおワールド”だな!ってことでヨシ。セリフなど原作に忠実なせいかモモちゃんの「〜ですわ」などのお嬢様的セリフが演技どーこーの前に、ちと違和感があるかと・・・。これも”楳図かずおワールド”に忠実なんだな〜ってことで良しとしましょう。ちょっぴりエグイシーンも出てきますが、制作費があまりなかったのか作り物感丸出しの安っぽさで、全然エグく見えないのが残念。ラストのあたりは原作を知らないと「ん?」と、意味が良く分からないらしいので先に原作を見ておいた方がいいかもしれません。
「神の左手悪魔の右手」を観終わって、なんだろう?この感じ。
普通このレベルの作品だと、ちょっとなぁ〜ってなるところだけれど、なぜかならない。セリフの違和感や創りの安っぽさが、観てるうちにちょっと面白くさえ思える。ストーリーは悪くはない気がする。制作費を賭けてキッチリ創り直せば良い作品になるんじゃないかな〜?そんな風に思えた作品。
「神の左手悪魔の右手」オフィシャルサイトはこちら



黒い絵本。惨殺される少女たちの絵。少年の悪夢は現実となる。
原作は、知る人ぞ知る 楳図かずお。そのホラー漫画家、楳図かずおの伝説的コミック「神の左手悪魔の右手」が遂に映画化!本作は「神の左手悪魔の右手」の“黒い絵本”のエピソードを中心とした作品になっている。
足が不自由で寝たきりになった娘モモのため自作の絵本をプレゼントする父親、光一郎。モモは、光一郎が描いてくれる絵本だけを楽しみにしていた。光一郎が仕事から帰って来ると、モモは早く新しい絵本を読んで欲しいとせがむ。嬉しそうに絵本を見つめるモモ。しかし、黒いスケッチブックに描かれたその絵本は、捨てられた人形を拾った心優しい女の子が、突然何者かに鉤爪で首を刺されて吊り上げられ、首から血を噴き出して殺されるという、あまりにも残酷な話だった。
そんな恐ろしい結末が描かれているにもかかわらず、毎回「早く新しい絵本を読んで欲しい」とせがむモモちゃん・・・どんな神経をした子なんだっ!・・・と、本来ならツッコミたくなるところだけれど、そこは“これぞ楳図かずおワールド”だな!ってことでヨシ。セリフなど原作に忠実なせいかモモちゃんの「〜ですわ」などのお嬢様的セリフが演技どーこーの前に、ちと違和感があるかと・・・。これも”楳図かずおワールド”に忠実なんだな〜ってことで良しとしましょう。ちょっぴりエグイシーンも出てきますが、制作費があまりなかったのか作り物感丸出しの安っぽさで、全然エグく見えないのが残念。ラストのあたりは原作を知らないと「ん?」と、意味が良く分からないらしいので先に原作を見ておいた方がいいかもしれません。
「神の左手悪魔の右手」を観終わって、なんだろう?この感じ。
普通このレベルの作品だと、ちょっとなぁ〜ってなるところだけれど、なぜかならない。セリフの違和感や創りの安っぽさが、観てるうちにちょっと面白くさえ思える。ストーリーは悪くはない気がする。制作費を賭けてキッチリ創り直せば良い作品になるんじゃないかな〜?そんな風に思えた作品。
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2006年10月10日 (火) | 編集 |
「ザ・センチネル/陰謀の星条旗」を観てきましたよ〜
大統領ものの作品は良くありますよね〜。で、シークレット・サービスもちょくちょく登場したりしますがこの「ザ・センチネル/陰謀の星条旗」もその一つ。初っ端からテンポ良く描かれてまして、シークレット・サービスと言うものを見せれる範囲、忠実に再現しよう、そんな感じで創られている気がします。大統領の秒刻みのスケジュール、更に移動ともなるとシークレット・サービスなどバタバタと大忙し、大統領が動くって面倒だなぁ。
作品の色んなところになかなか細かな描写が出てる感じがするな〜って思ったら、それもそのはず!原作のジェラルド・ペティヴィッチは、もともとアメリカ財務省秘密検察局員、早い話、シークレット・サービスのエイジェントだったんですって。ナットクです!
「ザ・センチネル/陰謀の星条旗」の売りの要素に一役買っているのは、やはり「24 TWENTY FOUR」でお馴染みキーファ・サザーランドでしょう。「24」のキーファ・サザーランドってことで期待して観に行ったなんて人も結構いたのでは?ところで予告編のように画面分割が多用されてて緊張感をあおってくれるのかな〜って思ってたんだけど本編違うぢゃん・・・。
犯人探しをしつつ、この状況からラストはどーやって丸く収まるのさ?なんて事を考えながら迎えたラスト。・・・なんか呆気ない。もうちょっと見せ場が欲しかったなぁ〜。どーやら原作ではもうちょいひねりが利いているみたい。原作のラストの方が終わり方としては面白いと思うんだけど“ある事情”により無理だったみたいなので仕方ないかぁ。
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大統領ものの作品は良くありますよね〜。で、シークレット・サービスもちょくちょく登場したりしますがこの「ザ・センチネル/陰謀の星条旗」もその一つ。初っ端からテンポ良く描かれてまして、シークレット・サービスと言うものを見せれる範囲、忠実に再現しよう、そんな感じで創られている気がします。大統領の秒刻みのスケジュール、更に移動ともなるとシークレット・サービスなどバタバタと大忙し、大統領が動くって面倒だなぁ。
作品の色んなところになかなか細かな描写が出てる感じがするな〜って思ったら、それもそのはず!原作のジェラルド・ペティヴィッチは、もともとアメリカ財務省秘密検察局員、早い話、シークレット・サービスのエイジェントだったんですって。ナットクです!
「ザ・センチネル/陰謀の星条旗」の売りの要素に一役買っているのは、やはり「24 TWENTY FOUR」でお馴染みキーファ・サザーランドでしょう。「24」のキーファ・サザーランドってことで期待して観に行ったなんて人も結構いたのでは?ところで予告編のように画面分割が多用されてて緊張感をあおってくれるのかな〜って思ってたんだけど本編違うぢゃん・・・。
犯人探しをしつつ、この状況からラストはどーやって丸く収まるのさ?なんて事を考えながら迎えたラスト。・・・なんか呆気ない。もうちょっと見せ場が欲しかったなぁ〜。どーやら原作ではもうちょいひねりが利いているみたい。原作のラストの方が終わり方としては面白いと思うんだけど“ある事情”により無理だったみたいなので仕方ないかぁ。
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2006年10月06日 (金) | 編集 |
「オトシモノ」を観てきましたよ〜
拾っては、いけない。
駅で定期券を拾った者たちが次々と行方不明になる怪事件が起こる。
彼らはどこに消えたのか? そして、駅に現れる黒衣の女性と事件の関係とは? 行方不明になってしまった大切な人を捜し、謎の解明に乗り出すが・・・
この「オトシモノ」は“落とし物”という題材にホラーの要素を絡めているわけですが、このホラーになりやすそうな題材のチョイスは良いと思います。で、観終わって・・・ツッコミどころありすぎ。ストーリーの矛盾や穴など多少のことは良くあること。その辺は、映像が良かったり、作品が面白い、などのカバーする物があれば多少の矛盾や穴などは良しとしています。が、この「オトシモノ」は残念ながらそれを補う物がありません。ホラーなのに全然怖くないですし、テーマに“友情”を取り入れているはずなのですが、それもまた薄っぺらになってしまっています。怖くしたいのは分かるけどストーリー的におかしいでしょ?ってシーンも多すぎかと。“ブチ当たった”とされる場所も、そこがなんなのかストーリーの中で明確にされていないので「?」な人も多かったのではないでしょうか。そこがなんなのか分かったけれど、それでも私には、う〜ん・・・といった感じなのですが。そしてなんと言っても一番問題なのはアイテムがそもそも必要あるの?と、この「オトシモノ」にとって一番致命的な気がするのですが・・・。“落とし物”題材としては良いのになぁ。
「オトシモノ」オフィシャルサイトはこちら





拾っては、いけない。
駅で定期券を拾った者たちが次々と行方不明になる怪事件が起こる。
彼らはどこに消えたのか? そして、駅に現れる黒衣の女性と事件の関係とは? 行方不明になってしまった大切な人を捜し、謎の解明に乗り出すが・・・
この「オトシモノ」は“落とし物”という題材にホラーの要素を絡めているわけですが、このホラーになりやすそうな題材のチョイスは良いと思います。で、観終わって・・・ツッコミどころありすぎ。ストーリーの矛盾や穴など多少のことは良くあること。その辺は、映像が良かったり、作品が面白い、などのカバーする物があれば多少の矛盾や穴などは良しとしています。が、この「オトシモノ」は残念ながらそれを補う物がありません。ホラーなのに全然怖くないですし、テーマに“友情”を取り入れているはずなのですが、それもまた薄っぺらになってしまっています。怖くしたいのは分かるけどストーリー的におかしいでしょ?ってシーンも多すぎかと。“ブチ当たった”とされる場所も、そこがなんなのかストーリーの中で明確にされていないので「?」な人も多かったのではないでしょうか。そこがなんなのか分かったけれど、それでも私には、う〜ん・・・といった感じなのですが。そしてなんと言っても一番問題なのはアイテムがそもそも必要あるの?と、この「オトシモノ」にとって一番致命的な気がするのですが・・・。“落とし物”題材としては良いのになぁ。
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